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【このブログと筆者の紹介】
筆者 Chiyoko, Tomoko はまたいとこです。幼いころ、お互いの親に連れ られて会ったことがあるらしいのですが、お付き合いはありませんでした。ところが二人は 5 年ほど 前、ジュネーブに隣接するフランス国境で再会し、以後交流が続いています。地理的に離れた日本、 フランスでそれぞれが道を歩んできた後ですが、不思議なことに共通の関心事も多く、異文化を超え て放談を書き留めようということになりました。社会・環境・教育・健康・歴史・文化・音楽 などの問題について日本とフランスの習慣、感覚、考え方の違いを、日常の事象を通して語っていく つもりです。初回の第一章では 6 月までの分をまとめて掲載しますが、以降、放談は頻繁に公開する予定 でいます。ときには周辺の仲間の書き込みもあるかも知れません。

      Chiyokoプロフィール

日本の古くからの名所、湘南江の島の近所に住んで、20。ベビーブーマーで、遠からず後期高齢者になるネコ好き。日本育ち、母語は名古屋弁だ。30代のころ通信教育で図書館司書資格を取得、書くことを学んだ。Tomokoさんのお宅には、なぜか私の祖母の写真がある。祖母百歳時のもので、私たちのご縁の基本

       Tomokoプロフィール  

20代でロンドンに留学して以来、ニューヨーク、バンコック、パリ、ジュネーブで人文系の勉強を続けた。家族とフランス国境在住35年。スイスにおいて元国際バカロレア日本語担当教師。着物コレクショナー。コロナ禍後、環境や価値観の問題が人類の優先的課題と考えるようになり、ブログを始めるきっかけとなった。







第 1 章 2020 疫病の年     6 月の放談 



2020.06.07 Tomoko   まず現在のフランスコロナ事情から。
フランスでは新型コロナウィルスの感染が爆発的に広まった結果、3 月 17 日に緊急事態 宣言が発出され、外出禁止が罰則付きで長く続きました。
ちょっと散歩に行くのも外出証 明書を身につけて1km 以内しか駄目。前代未聞の監視社会となりました。しかし、フラ ンス革命を起こしたような過激な国民が大人しくルールに従っていたのは不思議でした。 そして 5 月 11 日に外出証明書なしで県内 100 ㎞の移動が自由になり、娘の家族の住む ジュラ山脈の向こうにも、行き来できるようになりました。6 月 2 日にはさらに移動解 除が緩やかになり、6 月 15 日からは EU 圏内の移動が再開されるようですし、EU 国で ないすぐそこの隣国スイスにも国境を越え入国することができるようになるのでしょう。 レストラン、学校、施設などの閉鎖も条件付きで徐々に解除されています。

■近所の街フェルネー・ヴォルテール
 知り合いのヴェジタリアンの軽食レストランがコロナによる外出禁止令の緩和によりやっ と再開したというので、今日は応援がてら、久しぶりにフェルネー・ヴォルテールに昼食 をしに行ってきました。18 世紀のフランスの大啓蒙思想家ヴォルテールが晩年住んだお 城があるこの街に Chiyoko さんたちは毎夏宿泊して、国境を越えジュネーブの国際機関 でアーキビストとして難民に関する文書の整理をしておられますね。 

                                                                                       ヴォルテールのお城
                                                

■やっと開いた小さなヴェジタリアン・レストラン 
そのレストランには入口や店内にも消毒薬がおいてあり、テーブルを離れているときはマ スクを着用していなければならないというルールです。マスクはアジア系の人が着けるも のとされていたのが今は世界中の人がマスクをつけていますね。みんなマスクしてる、馬 鹿げている気もしておかしいです。テーブルの間隔も空けられていて、人数も制限されて います。一画は縫い物教室や手芸用品店と一体となっていて、とてもいい感じのところ。 こういった小さいお店が私は好きです。 

■ショッピングモールの計画 
このフェルネー市はお城やヴォルテールの像を中心としていて、こじんまりした街がちょ っとした文化的コミュニティーの雰囲気を醸し出しています。ところが、どこの国でも商 業主義が優先されているのに漏れず、ここにショッピングモールを作る計画があるという ので反対運動が起こっています。


 2020.06.10  Chiyoko  2020 私のコロナ経験 
私自身は日本のコロナ事情といえるほどの経験をしたような気がしません。ひとまず、今 年 1 月以来の私の経験を振り返ってみます。

 ■在米の叔母危篤と渡米
 1 月末から 2 月上旬 1 月末頃、米国在住の叔母が体調を大きく崩したというので、お見舞いに行くことにしま した。しかし、出かけることにして飛行機を予約したころに、私自身の体調がすぐれなく なり、この旅行を取りやめました。私はまもなく元気を取り戻し、叔母の様子が気になっ たので、予定より 10 日ほど遅れて 2 月上旬に渡米しました。 2 月上旬米国行きは 3 泊 5 日の強行日程でしたが、無事叔母にも会えました。帰りのフ ライトでは、登場直前に、中国のパスポートの人たちが、カウンターに呼び集められてい ました。そのころはコロナの話はまだ遠くの噂に過ぎない時期でした。 

■2 月、味覚喪失
この旅行から戻ったころ一度、私は味噌汁の味がわからなくなりました。2 月中頃のこと でした。いつもの倍量のみそを入れないと味がしない…変だなぁと思いました。疲れてた からかな。今になって、あの時私はもしかしたらコロナだったかも…と不安がよぎります が、その時はスルーして、それで終わりました。

 ■3 月、日本でもコロナ感染拡大
3 月になると、日本でも感染拡大とか、学校休校とか、マスクとか、世の中が騒がしくな りました。でも私自身は 3 月中旬の会合には出席しました。帰りに友人宅を訪ね、一晩 止めてもらいました。泊めてくれた友人は 3 年ばかりスウェーデンで過ごしたことがあ り、その日は現地在住の知人から聞いたことを話してくれました。あちらでは親しい人と 道で出会っても、遠く離れてなければいけない、握手もハグも禁止…、ヨーロッパは大変 そうね、と友人と語らいました。 しかし、その後まもなく日本でもコロナが騒がしくなりました。最初に私たちが驚いたの は、横浜港に停泊したクルーズ船ダイアモンド・プリンセス号の船内感染。この船内でコ ロナが蔓延したということでした。船は日本国内ではないらしくて、船内の人々は船を降 りることができず、「不潔な」環境に押し込められていると言わんばかりの報道が流れま した。クルーズ船内では感染し、亡くなった方もありました。その後、国内でも感染者が 報じられるようになり、タレント志村けんさんが感染して重篤、死亡が伝えられました。 これは衝撃でした。 

■4 月コロナ自粛、5 月緊急事態宣言発出と解除
4 月になっても幼稚園や小中学校は休校が続きました。感染者数はどんどん増えました。 マスク着用とか、外出は控えよとか、行政側からは散発的な対応の要求が出されました。 4 月下旬になると、増える一方の感染者数統計をにらみ、東京都知事が安倍総理大臣に緊 急事態宣言発出を求め面会の動きも出ました。医療現場はひっ迫の様相で院内感染も相次 ぎました。 でも、私自身は取り立てて決まった仕事があるわけでもないこの 2 月から今日までの時 期、ずいぶんとゆっくりすることができました。それでも、4 月 5 月は夫を誘い近所の 公園を散歩する機会もありました。通いネコの湘龍が 4 月 27 日を最後に来なくなった ので、散歩の都度公園近くの八大龍王という小さなお社にお参りして彼の安寧を祈りまし た。

 ■6 月緊急事態宣言解除後の新しい生活
5 月 25 日に政府は緊急事態宣言を解除しました。学校は 6 月 1 日から始まりました。 街中の人出が増えてきました。マスクをつけた人に交じり素顔の人も見えます。 九州地方ではもう梅雨入り、関東でも蒸し暑くなりました。気候とコロナの蔓延はどんな 関係性を持つのだろうか。コロナ感染から身を守るための標語「三密」英語世界に向けて はこれを Three Cs として広報しています。首相官邸ではポスターも出しています。 今、近所の飲食店は営業時間短縮ですが、ランチも夕方の軽食も楽しめます。マスク着用 へのみえないプレッシャーを除けば、私の生活は概ね同じような流れとなっています。あ、 変えたことがあります。意図的に、定期的に友人へのビデオ通話をしています。会おうと 4 思っていた人たちとオンラインで顔を見ておしゃべりするのは楽しい。それともう一つ、 ご近所のお友達が来ると、庭先縁側でお茶することにしました。外での何気ない会話は日 本文化を感じます。 この年になって、日本文化を改めて感じなおすきっかけが、コロナであるところに、コロ ナのグローバル性が発揮されているように思います。いかがでしょうか、Tomoko さん。 


2020.06.11 Tomoko  志村けんさんの死 

                  多くの人びとを魅了した名優志村けん

海外に長い私は、志村けんさんの名前も聞いたことがなかった。時々日本人なら皆が知っ ていることを知らないことがあります。甥などのメールで、笑いをもたらしたこの人が多 くの日本人の心の支えになっていたことを知り、今は YouTube で 書き物の合間にコン トをちょっと見る機会も多いです。一見他愛もないように見えるコントですが、思いつき とプロデュース力が凄い。志村さんが亡くなったころは、コロナが広まり始めたばかりで 対処の仕方も悪く、もっとなんとかできたのではないかと。この人を失ったことは親しい 人を失ったようでとても悲しい。千代子さんもコロナっぽい症状が出たことがあるみたい だし、ほんとにわけがわからないことで私たちは翻弄されていますね。私の義理の姪はコ ロナがはやる直前に肺炎にかかり、コロナの蔓延中に亡くなったのですが、病院の都合で 家族は死に目にも会えず、お葬式もまともにできずで惨い話でした。 

■最近の近辺の様子 
私の住むスイス-フランス国境の村では最近は徐々にテレワークでなく通勤する人も増え てきて、交通量も増してきました。コロナの頃の静けさはよかった。日頃見かけない近所 の人たちがテレワークなのか、昼間に散歩してる人もかなりいたり、子供たちも学校がな いので外で遊ぶ声が聞こえてきたりして、人々が開放的で何か自然を享受している感じが しました。仕事の量や学校で学ぶ勉強の量が多すぎると、ストレスばかりたまり、効果的 な結果が生まれないと思います。補償がすぐに出たフランスならではの話かも知れません が、コロナのせいで生活苦にあえぐ人が増えたという印象がなく、日本のニュースのよう に、潰れたお店がたくさんあるとは思えません。余裕でしょうか。でも日本も軍事費にか けるお金とかをもっと福祉・環境問題とか文化の振興に廻すことができると思います。 

■コロナのグローバル性 
共通の災難コロナに襲われたことで、世界は同胞意識をもったと言えるかもしれません。 しかし結果として、どんな国も自国をまず守ることに追われました。各国の情報が身近に 入ってきたという意味では、世界が狭くなったような気もします。反面、人々の移動が制 限されることで、自国にあるいいもの、改善の必要があるものに目が向けられたとも言え ると思います。それにしても、ジュネーブにある世界保健機関の無力さを感じました。最 初はマスクはしないで、と言っていたのに、今はマスクをしろという。言っていることに 信憑性がありません。コロナが、世界を変えたことと言えば、コロナでのせいで、多くの 5 人が経済的打撃を受けたということは大きい。日本のように、この急激な日常の変化に対 し、生活の補償が遅く少ない国も、先進国と言われる国では少ないと思います。自粛を要 請され、それを大人しく守るところ、日本人は道徳意識が高い。というかそう教育されて いる。経済優先の社会で目をそらせてきた問題を解決しない限り、同じ災難が起こり同じ 対策をとることの繰り返しになるのではないでしょうか。経済の問題は、あらゆる分野に 関わっており、経済発展を追求するあまり、本質的な問題を直視しようとしていません。 

■コロナのおかげでやりたいことを自覚 
3 月に来日、4 月には家族と共に沖縄の先の島でゆっくりする予定でしたが、旅行が全 部キャンセルになりました。日本行がなくなり、コロナ禍と重なって家にいる時間がたく さんになり、畑、庭仕事をしたり、ミシン(日本製)を買って縫い物に凝っています。楽器 も少し。加えて文章を書いたりしていると、一日の時間が足りません。でも熱中しすぎる と体を壊すので -現に昨日は寝込んでしまった- 何でもほどほどにやっていくのがい いと思い始めています。私はもともと人に煩わされずに自分のペースでやりたいことがで きる環境にあるのが性にあっているようです。 


2020.06.16  Chiyoko    コロナのグローバル性 について 
前回文末にすらっと書いてしまい、Tomoko さんからの質問を得て、改めて考えました。 まずは、コロナのグローバル性、これ、何気なく思い付きで書いた表現ではあります。で も、その背景を考えると、コロナは平等に世界各地に感染蔓延したようだし、その結果各 地各国が政治的な対応策を講じたし、住民はそれに対応してガマンしたり暴れたりしてい るといってよいと思います。(本来であれば、こういうことをきちんと調査して根拠を示 さなければ、説得力に欠けると思うけど、情報収集してこなかったので、今の私には根拠 を適切に示す資料は持ち合わせない。なので、思い付きを放言させてください。)

 ■コロナ感染が始まったころ 
思い出してみれば、今年はじめからの、たぶん中国・武漢で始まったコロナ感染が世界各 地へと「蔓延」していった事実、蔓延により中国だけでなく、世界各国に感染状況が出現 したこと、それぞれの対策を講じたことなどの対応状況や政治のありよう等々は、今年前 半のコロナ巣ごもりの時期に、日々テレビのニュースや SNS の情報で何となく把握はし ていたつもりです。その中で、リーダーの資質や度量により、各国国民の動きが異なるも のの、5 月 6 月に入りそれまでの厳しい外出制限が緩み始めるのに連れて、それまでの ガマンの反動が出始めました。とりわけ米国ではコロナ蔓延が激しく、感染者数、死者数 いずれも「アメリカ・ファースト?アメリカ、ワースト」となった。

■Black Lives Matter 運動 
その中で、Black Lives Matter 運動が米国からあちこちに飛び火しているようにも見え る。コロナが直接の原因であると言い切れるのかは分からないけど、コロナというきっか けが社会に巣くう貧困や差別の現状が人々の心の中のストレスを改めて呼び起こしている ように感じます。 世界中で、コロナ感染の蔓延は社会的な弱者により強く襲いかかるという点で共通してい ると思う。どこに行っても貧困と差別の現状は、コロナという「触媒」により改めてあぶ りだされ、人々はいやおうなくその現実に向き合わなければならなくなりました。 というわけで、このコロナが人々に突きつける貧困と差別の現状への再認識の必要性が、 世界規模で共通しているというイメージを、私は「コロナのグローバル性」と言ってしま ったのだと、改めて思います。


 2020.06.17  Tomoko    フランス-スイス間の国境再開 
フランスでは 6 月 14 日にまた、マクロン大統領がコロナに関する宣言を発出。15 日か らは隣国スイスに入国自由になりました。今日 6 月 16 日に、3 月半ばから行けなかっ た国境のすぐ向こうのメイランという、ジュネーブの郊外の商店街に行ってみました。ス イスはミグロとコープと呼ばれる二つのスーパーのチェーンストアーが至る所にあり、殆 どの人はそこで日常の買い物をするのです。レジの数が減り、透明のしきりがつけられた り、行列に間隔を空けるため、床にしるしがついたり、と言った決まりはいまだに実施さ れていますが、病気がうつりそうという危機感はもはやあまり感じられませんでした。

 ■今思うコロナ禍の頃の生活 
フランス側では、コロナの頃の静けさはよかった。こんなことを言うと、都会で毎日出勤 しなければならない人達からひんしゅくを買うと思いますが、外出禁止中、1 時間は許さ れた散歩やスポーツで、近辺の小道で今まで会ったこともなかったテレワーク中の隣人た ちとあいさつを交わすのは気持ちを明るくしてくれました。休校で子供たちも家族といる 時間が多くなり、子供のはしゃぐ声が聞こえる世界は心地よいものでした。皆生活を楽し んでいるかのようにさえ思われました。しかし土曜日の定期市場はいまだに完全には復帰 しておらず、フランスでもやはり、組織に属さない、職人や農業従事者たちで破産状態の人々は多いのだそうです。こじんまりと生きることができない社会は、仕合わせな社会と言 えるでしょうか。

 ■一体この 3 か月は何だったんだ? 
こう思わずにはいられません。こんな変哲な事態が世界中にはびこったというのに、人は 喉元過ぎれば…でこの大事を直に忘れてしまうのでしょう。これは危険。すぐ先に東京都 知事選も控えていて、日本の国民はここにきてリーダーの資質というものを見極め、人の 傷みというものがわかるリーダーを選ばなくては、コロナの教訓は意味がないものになっ てしまいます。政治と人間が全く繋がっていないことが異常です。今こそ自分がまず変わ らなければならない時、と思いますが、コロナの拘束のある時期、何が自分を一番潤して くれたか。やはり、お金がただたくさんあればいいというものではないと皆感じたと思い ます。

 ■疫病の対策を考えるだけでは解決にはならない。
 ウィルスはまた人間に居所を求めて来るので、病気を抑える対策ばかり考えているのでな く、これからどうウィルスと共生するかを考えて行かなければならないと思います。自然 科学が席捲する世の中を信奉するのではなく、人文科学の考え方が人々には必要と思いま す。そして人の心に訴える創造的世界が世の中を動かすと確信します。これを育てず、日 本はとくに、大学などの最高教育機関で文学や歴史、芸術など文科系の学部がどんどん削 られているのは恐ろしいです。こういった分野の学者や、知見のある人たちは人を良くし てくれます。病気は困るものの、コロナのグローバル性のおかげで、世界が変わらなけれ ばせっかくの歴史的転換期をみすみす見逃すことになってしまいます。人間とは何かを追 究し、物事の本質を理解することが必要なのではないでしょうか。 


2020.06.22  Chiyoko   コロナ前後のウソ、ホント
 ■電話とメール 
今日は Tomoko さんと電話で話す機会がありました。結構久しぶりだったので、長しゃべ りになりました。メールと違い、電話でのやり取りになると伝わる情報が格段に多くなる と感じます。この「放談」をどのように公開していくかについて、これまでの経過を振り 返りつつ話し合いました。メールでのやり取りだと、私は自分の関心あるところにのみ傾 8 注するため、見落とすことがしばしばです。しかし、電話だと、音声で情報が入ってくる から、見落としにはなりにくい。

 ■文書主義 
私の専門領域の中に、文書主義という言葉があります。記録されたものは、正確性、伝達 性、保存性、客観性に優れている、だから組織的業務を行うには文書によることが必須で ある、という意味です。しかし、昨今の日本の政府では、文書主義はほとんど死語に近く なりました。

 ■議事録と発言者 
コロナ対策のために政府が設けた専門家会議の議事録は発言者名ナシで作られていて、記 者会見でそのことに質問が集中しました。専門家会議のメンバーの方たちは、発言者名を 明示することは全く問題ないとしたので、その後の議事録には発言者名が入ることになり ました。当たり前のことだと思います。

 ■モリカケ、サクラ 
思い返せば、コロナ騒ぎ直前にはサクラを見る会の招待者の顔ぶれと人数が国会で問題と されました。この時は直ちに参加者名簿がシュレッダーにかけられ廃棄されました。他方、 報道関係者の努力で、何十年も前のサクラを見る会の招待者名簿が歴史公文書として国立 公文書館に保存されていたことがわかりました。そのため、政府と首相らが慌てて名簿を 廃棄したことの異常さが際立ちました。 もっと前にはいわゆるモリカケもありました。 モリとは、森友学園への国有地の不当な 安売り問題です。森友学園に国有地を払い下げるに際し、財務省自ら作成した交渉記録の 内容が後日、当事者の都合に合わせて書き直しが行われました。上司の命でこれを担当し た職員が自死しました。カケとは加計学園が愛媛県に獣医学部新設を目論んだ時の交渉記 録をめぐる問題です。ここでは文科省、愛媛県、加計学園の関係者による交渉記録の内容 が三者三様であることが問題となり、記録の信憑性が問われました。 あったことをなかったことと記録し、なかったことをあったといいなす昨今の中央省庁役 人たちは、だれのためにどのような仕事をしているのだろうか。私たちが払う税金で雇わ れている役人の皆さんは、どんなお考えでおられるのだろうか。 おりしも、政権支持率の調査を行う企業が、調査していないのに調査を行ったように見せ かけていたことが報じられました。政権支持率の数値が捏造であったということに、暗澹 たる思いが募ります。

■東京都知事も… 
7月 5 日が投票日となった東京都知事選挙では、再選を目指す現職の小池百合子氏が学 歴を偽っているというもっぱらの噂です。ご本人が提示する卒業証明書の卒業日付が毎回 異なっているとかで、示された卒業証明書の証明書としての信ぴょう性、さらには卒業証 明書を発行している大学自体の信頼性までもが問われているようです。 

■納税者にとっての文書の意味 文書がその信ぴょう性を失うと、ただのゴミと化してしまいます。そんなゴミを作るため に我々は税金を払っているのでしょうか。

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