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【JP】 コロナ禍のもとで亡くなった三人の親愛なる人たち   by Tomoko (1)マリーの死   またいとこのブログ  (日曜発信) Blog de deux cousines, Chiyoko et Tomoko   ,  Mataitokos' blog (Cousins' Blog) is published every Sunday .   第 2 章2021 疫病は続く  1月の放談 コロナ禍のもとで亡くなった三人の親愛なる人たち (1)マリーの死 2021.01.31 by Tomoko ■ 人の生について 親しい人が亡くなると、その人たちの送った生について、つくづく考えてしまう。人の生はどうしてこうも違うのだろう。人はある星の下で、ある国で、ある両親から生まれ、ある環境に居合わせて生きている。生まれた環境や家庭が恵まれている場合もあれば、そうでない場合もあるが、どの両親から生まれるかは、自分が決めるわけではないから、宿命的なものである。人は生まれたときにすでにそれぞれ違った性格を備えている。それに加え、生後の環境が人格を形成していく。 ■ マリーの死 昨年 2020 年 3 月下旬、世界中でまだコロナ対策が右往左往していたころ、マリーは病院で亡くなった。パリのアパートで独り暮らしをしていた彼女は享年 50 歳。マリーに対する私の思いは複雑である。 確か 8 歳のころ、ヴァカンス中に祖父の運転する車の後ろの席に座っていたマリーは追突事故に会い、一週間ほど昏睡状態に陥っていたが、回復した。眼を悪くして、しばらく矯正用の黒い縁の眼鏡をかけていたのが印象にのこっている。闊達な魅力的な女の子だった。 それが、ティーンエイジャーになるころから、アルコールや喫煙からぬけだせなくなり、精神不安定になってしまった。麻薬もあったかも知れない。自動車事故の後遺症が関係しているかもわからない。青春時代は、医者だった父親が不治の病に罹り、家族が大きな犠牲を払ったとも言える。 マリーは 20 代でアフリカ人と結婚し、一男を設けたが、母親に養育能力がないと国に判断され、子供は他の家庭で養育された。その後離婚したが、お金は祖母から受けた遺産や国の手当てがあり、自立できる仕事に就くことができなくても 後見人に面倒をみてもらいながら暮らしていた。 我が家