【JP】アーカイブ資料整理と茶封筒 by Chiyoko またいとこのブログ (日曜発信)Blog de deux cousines, Chiyoko et Tomoko Mataitokos' blog (Cousins' Blog) is published every Sunday. 第 2 章2021 疫病は続く  1月の放談


アーカイブ資料整理と茶封筒


昨年10月、米国の知人からメールが来た。内容は、日本の英字新聞の記事をみて、気になることがあった、この件について何かできないか、というもの。


【背景】

「アーカイブ」 友人も私も、専門とするのはアーカイブである。アーカイブとは、名詞なら「古くて、貴重な情報を包含する資料そのもの、及びそれら資料の保存を行う機関」、動詞としては「保存する」という動作のことである。

「アーカイブの評価」 資料そのものが貴重かどうかを決めるのがアーカイブの専門家の仕事、という考え方は、昨今日本でも浸透してきたように思う。だが、私はこの考え方に必ずしももろ手を挙げて賛同するわけではない。へそ曲がりといわれるかもしれないが、アーカイブ資料は、その資料から特定のテーマに関する情報を導き出すのに役立つものだろうと私は考えている。「特定のテーマ」が汎用性を帯びていればいるほど、保存されるアーカイブ資料の価値は相対的に高くなる。その逆に、ある特定のテーマが風変りであったり、一般的にはあまり認められないとすれば、そのアーカイブ資料の価値は相対的には低くなる。

「評価の多様性」 まぁ、例えは適切ではないかもしれないが、赤ワインの評価を考えてほしい。日本の150年前の社会では、赤ワインはヒトの生き血と見間違えられ、日本人はこれを飲む人々を恐れたとかいう笑えない逸話が残っている。これは、群馬県富岡市に今も残る富岡製糸場での逸話。指導的立場で来日したフランスの人々がワインを飲むという習慣に対し、当時の日本人が下した評価だった。今では日本でもボジョレヌーボー解禁日に人々がこぞってワインを飲むようになった。これは食文化とその知識が普及したことによると考えてよい。日本酒が海外でも普及してきているが、これも同じことだと思われる。


【アーカイブ資料の価値評価と整理業務】

話を元に戻そう。アーカイブ資料というのは、その価値がどこにあるかにかかわらず、古いものになればなるほど、汚れていたり、しわくちゃになっていたりで、一見して美しく貴重であることをアピールするような外見を持っていることは少ない。こうした資料の価値を確認するには、一つ一つ丹念に内容を読み込み、目録を作成し、適切な容器に収めてその後の長期保存に備えることが求められる。アーカイブの専門家は、こうした基礎作業を行い、そこから資料たちが包含する情報とその社会的価値を普及させ、長く保存できるような仕組みの中にアーカイブ資料を位置付けてやるという役割を担う。


【資料の保存と入れものの問題】

友人が見た新聞記事には、写真があった。貴重資料として紹介されている資料たちが箱の中にぎっしりと並べられている写真。箱の中には資料そのものではなく、いわゆる「茶封筒」がずらりと並んでいる。ここで、アーカイブ専門家の友人は「貴重資料なら、こんな茶封筒に収納するのは危険ではないか」と考えた。そこで、私にメールをよこしたのである。

                                       茶封筒に入れられた資料


【茶封筒はなぜ危ないか】

では、なぜ茶封筒は危険なのか。実は、茶封筒はクラフト紙でできている。クラフト紙は一般に酸性紙で劣化しやすい。だから、クラフト紙でできた茶封筒に資料を収納して10年、20年、30年という時間が経過すると、茶封筒と資料が触れたまま10年、20年、30年という時間が経過する。クラフト紙は酸性紙なので、これを別の紙にふれたままにしておくと、別の紙が黄変、褐色変する可能性がある。茶封筒は廉価ではあるが、上にのべたように酸性紙でできている。酸性紙は、長期的には空気中の酸素と結合し、緩慢な酸化を引き起こすという厄介な性質を持つ。そのことは、図書館やアーカイブ資料にかかわる人々の間ではすでに30年以上前から知られている。貴重なアーカイブ資料を長期に保存するには「中性紙」の容器を用いるのが良い。友人は私に新聞記事の写真をみて。このことを資料の保管者に提言してはどうか、と提案してきたのだった。


【日本文化土壌における提言は…】

私は、米国の友人の提案に率直な善意を感じたと同時に、日本的文化土壌として「お他所の資料の保管方法」に「提言」することは、生易しい話ではなさそうに感じた。この方面に明るい知人に相談してみたが、私の懸念するところを異口同音に指摘してくれた。


【連絡したら、返事をいただけた】

では、どうしたものか。考えあぐねているうち、友人が見つけたのとは別の新聞記事2に行き当たった。こちらには、資料の所在を示す情報があった。そこで、新聞記事2をもとに資料所在を探索し、ようやく資料所在場所の連絡先を見つけることができた。友人からの提言を、この資料所在場所連絡先に送信したところ、丁寧な返事をいただくことができた。しかし、友人が提言した茶封筒の問題点への注意喚起に対しては、所在場所側からは「重々承知はしているものの、予算面で折り合わないのが実情」という返事であった。私は、このような返事を予期はしていたものの、とても残念に感じた。茶封筒のママで放置すれば、茶封筒に収められた資料は劣化が進むに違いない。中性紙の容器(封筒)に入れ替えられれば、資料の寿命が現状よりはずっと長くなるはずなのに…。


【予算の制約というカベをどう乗り越えるか】

こうなると、アーカイブ資料整理の原則の一つに、容器は中性紙のモノを用いることを要件とすることも組み込んだほうがいい。アーカイブ資料は資料整理をする研究者のためではなく、今を生きる我々が未来の世代へと託す貴重なメッセージのかたまりである。これを予算の都合で寿命を縮めるような処理をしなければならないのは、いかにも口惜しい。ま、勝手ながら10年前に提言した「アーカイブ資料整理の原則」(下図)に容器の選定を追加する、これを今年の私の課題の一つとしようかな。Chiyoko 20210124


図:アーカイブ資料整理の4原則 


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