【JP】分断がもたらすもの by Tomoko またいとこのブログ(日曜日ごとに発信) 第 1 章 2020 疫病の年  9月の放談  


分断がもたらすもの

 2020.09.13 by Tomoko  



多言語で暮らす苦労

先週から隔週でブログのフランス語版を発信するようになった。今年6月末頃から日本語で始めたブログをフランス語バージョンに至らしめるまでは結構大変なのである。パリの大学で何か月も人に会わず論文を書いていた頃の苦労を思い出しつつ、実行に移した。

まず私の拙いフランス語翻訳版を作成し、翻訳のプロの友人にパソコン上で直してもらう。それを送り返してもらい、清書し、また送り返す。その次の段階では、二人が会い、彼女が理解できない部分を私が説明し、その場で紙の上で新たにフランス語に直ししてもらう。家に帰ってそれをパソコンで清書し、ブログの下書きにコピーし、写真も添えたものをレイアウトしてから発信する。

ブログだけでなく、私は毎日のように日英仏の三言語、今は特に日仏語をキーボード上で文字変換しながら書き物をする。フランス語にはアクセント記号がいくつかあり、それはキーには記されていないので、一つのキーボード上でこれらをどう作成するのかは、知らないと三か国語をいったりきたりしながら記していくのは不可能である。たとえば、êはフランス語にしかない表記なので、パソコン自体をフランス語対応にスィッチし、キーボードのpの右の「{が表記されているキーをまず押し、それから普通のeを押すと出てくる、という風に。日本語とフランス語を交えた文となると、しょっちゅう日本語対応から、フランス語対応を行ったり来たりしながら文を書くことになるので、とても面倒である。

なぜ、進んでこんな苦労をしているんだろう? コロナ下であろうと、楽しいことばかり考えて、遊んで生きていればいいのに、それができない。


疫病6か月後の閉塞感

コロナ禍が3月ごろ始まって、突然の世の中の変化に大きく影響を受け、今頃になって気分が著しく不安定になっている自分に驚いている。

フランス政府は、まず外出禁止令を発出した。一日一時間の用足し、散歩は許されたものの、国民は閉じこもりを強制された。

私は予定していた4月の日本行きを断念したが、国家の分断状態がこれほど長く続くとは、信じられなかった。年二回の日本長期滞在が急に奪われた結果、今までにない感情が生まれ出ている。亡命者の気持ちとはこんなものなのか、という気がしている。今までは行きたい時を選んで、飛行機を予約し、多少は姉妹や友人たちに滞日予定を知らせ、ちょっと行ってくるという感じで旅をしてきた。ところがコロナ禍で突然それが不自由になった。では故国にノスタルジーを感じ、そこに戻りたい気持ちが強いのか、と言われれば、そうではない、それより故国を憂う気持ちばかり強い。その気持ちは私の中では常に強いのだが、日本に帰れば私の二十何年間の文化的背景を共有する人がたくさんいるから愚痴一つ漏らしても話がすぐに通じる。それが、国の分断で日本に行けなくなり、やればやるほど感じる言語の不自由さも相まって、フランスに深く同化できていない自分を発見している。


もっと運命論者になれればいいのに!

何がそんなに心配なの?とよく聞かれる。日本を心配する気持ちが強まった原因には、このコロナによる閉塞感、分断された環境が影響していると言える。今、人の自由度が何といっても狭まれている。そして自由を奪われた自分の気持ちの持ちようの大きな変化に、自分でも驚いている。

疫病が急激に広がり、しばらくの間、人に会う機会がほとんどない時期を過ごした。幸い、都会には近いが自然が豊かに残っている村に住んでいることで、畑を始めたり、散歩を楽しんだりの日々を有難く思って暮らした。徐々にお隣スイスとの国境も開かれ、EU国との行き来も感染の可能性がある中、恐る恐るだが、一定期間の隔離の覚悟があれば可能である。しかし、マスクが義務となったり、解禁になったりが繰り返され、至る所消毒液が置かれ、人との距離を気にしながらの毎日は異常というしかない。コロナは普段気がつかなかったことを、ずいぶん浮上させている。


ヨーロッパでの外国との繋がり

ヨーロッパ人は否が応でも外国との繋がりの中で生きている。フランスに住む日本人の私にとっても、同じことである。たとえば、フランスの文化放送であるARTEはドイツと連携しており、番組を分かち合っているから、ニュースを見れば、最近では、ベラルーシでの大統領不正選挙についてや、ロシアの反政権活動家の毒を盛られた話、その活動家がドイツの病院で治療を受けている話、また、常に、ヨーロッパに死に物狂いで渡ってくる移民を、どの国がどういう風に受け入れているか、というニュースがしばしば流される。

こういった世界の毎日の出来事が関心事のヨーロッパからみると、日本に取っての深い関係国と言えば、今は米国しかない気がする。他に外国人を同じ人類として受け入れるほどの友好関係のある国があるだろうか。アメリカとの関係も貿易や安全保障上の問題で傘下にあるだけで、真の友好関係とは言えない。アメリカが日本に原爆を落とし、罪のない市民が何十万人単位で亡くなったことは、人道上絶対許されない行為であるのに、日本はフクシマの原発事故以降も原発を再稼働し、核の平和利用と称して、実はひそかに核戦争に対応する準備をしている。無知な環境大臣は狂気沙汰なことに、汚染土を国じゅうにばらまいたり、農地に利用したりしようとしている。


ロシア人の友だち

人にとり、故国とは不可解なものだ。私には外国人の知人・友人が多いが、これらの人たちに、私が感じている今の気分は、共通しているのではないだろうか。たとえば、教師仲間だった親愛なるロシア人の友だち-実は半分ジョージア(=グルジア)人なのであるが-は、自国を出たのが私より長い。ジュネーブでフランス文学で博士号を取ったぐらいだから、語学に問題はない。彼女のご主人は芸術家だが、スイスに住みながら、スイスより、自国ジョージアで名前が売れているという。生活を支えてきたのは、主に女性の方と言えそうだが、彼女が定年になれば、どう暮らしていくのか、不安そうである。このロシア人の友だちと私自身を比べてみると、彼女の方がずっと亡命者と言える。

日本にずっと住んでいれば、ヨーロッパの国家間の関係が人々にどんなに大きな影響を与えているか、ということなどまるで無関心でいられるのだろうと思う。ロシア人の友だちは、自分の国には絶対帰りたくないと言っている。ロシアの国家の専制的性格に耐えられない気持ちは、ヨーロッパに長く住んでいる私にはとてもよく分かる。最近、ロシアの反政権活動家の弁護士・政治家に、化学兵器とされている毒物が盛られ、彼はドイツの病院に搬送された。恐ろしい毒薬を飲まされたこの人は、再起不能となるのだろうか。

今年のベラルーシの強権的大統領ルカシェンコの再選を不正選挙とみなす女性立候補者も国民の意気を大きく動かし、抗議集会が盛んになっている。この女性立候補者は、政治的圧迫を恐れ、隣国リトアニアに避難している。しかし同じ旧ソ連構成国であり、かつ長期政権で古臭い大統領を望まないベラルーシは、必ずしも反ロシア、親EUとは限らなく、ロシアとは微妙な関係にある。

     中央はベラルーシの現独裁政権の不正選挙に抵抗する大統領立候補者スベトラナ・ティカノフスカイアさん

2014年のウクライナでも強権圧制に市民が抗議し、弾圧が行われたが、ウクライナの民主化は、 最初から欧州統合路線を辿り、ロシアのプーチンと距離を置くことを望むものであった。

ジョージアも、ベラルーシも、ウクライナも、旧ソ連の構成国だったのが独立した国々である。それぞれの国が民主化を願って苦闘していることに、ヨーロッパの国々が民主主義の原則を確保するよう、手を差し伸べようとしていることに、日本人の私は自分の国と比べて、博愛の意識がずっとあると感じざるを得ない。

このように、他国に関心を持つようになるのは、その国の友だちがいるからである。


自由があればどうにか生き延びていける

この頃考えた結論として、自由があればどうにか生き延びていける、ということ。自由に対し弾圧が加わる環境で暮らしていかなければいけない人たちにも目を向け、彼らを解放する手助けが必要である。自由がありさえすれば、人はなんとか畑を耕して作物を得、友達を作り、助け合って生きていける。自由は自ら勝ち取って行くもの、自分がまず動き、意見の表明をする必要がある。以上、人類の幸福を考える時、世界に向けて開かれていない日本の現状を憂い、そこに重ね合わせた、20209月の想いである。

最近近所の街で行われたショッピングセンター建設反対市民集会。元ジュネーブ市長も個人で参加。300人のエコロジストが集まった。


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